昭和青春エロ話 スカートめくりを考える

スカートめくりをやったことがありますか?

あるわけないだろう!

そんなのはセクハラだし、いや、痴漢行為だよ。犯罪だ。

確かにその通りだが、昭和30年代、40年代生まれの男子は、小学校高学年か中学の時に、やってる人は多い。いや、やってるな。絶対、やっている。スカートめくりはやってなくても、階段の下からのぞいたことはある? やってなくても、やりたい願望はあったはず。でしょう?

今の男子はやらないだろうね。女子高生のスカートが短過ぎて、わざわざめくらなくても見えるから? そうじゃないよ。今の男子はモラリストなんだ。

よく年輩の人たちは「最近の若い者はなっとらん」みたいに言うけれど、こと、スカートめくりに関しては、今の40代50代のほうがなっとらん!

というか、今時の男子って、隣の席にいる女子のスカートがあんなに短くて大丈夫なのか。気になって勉強どころじゃないだろう。ちょっと心配になる今日この頃。

いやいや、そんな心配はどうでもいい。何故、昔の男子は「スカートめくり」なんてことをやったのか、を検証してみたい。検証したって意味ねえか。

 

男子は何故スカートめくりをするのか?

 

そこにスカートがあるからだ!

ようは女子のパンツが見たいということでしょう。

見たいのか。大丈夫か? ただの白い布だぞ。

いやいや、小学校高学年から中学生の男子の好奇心を満たすのは、白い布で十分ではないか。

もちろん、個人差もある。セックスということを知っている子もいれば、まったく知らない子もいるんだ。その先に別の世界があることを知っていて、その前哨戦にスカートめくりを捉えるか、あるいはただ本能的にスカートをめくる男子もいる。たいていの男子は、思春期を迎えれば、女子に何かを感じるはずだ。

で、それが「悪いこと」と知りながら、スカートめくりに走る。

「悪いこと」なのか?

女子が嫌がるんだから、悪いことなんだろう。

だが、世の中には、善悪のボーダーが曖昧なことはある。

「嘘はよくない」と言うが、嘘をつかなきゃ、世の中は機能しない。

「遅刻はよくない」と言うが、朝、起きられないものは仕方がない。

「煙草はよくない」と言うが、大人は吸っているだろう。

「泥棒はよくない」と言うが、ホントに食べ物がなくて、餓死寸前なら、生きるためには盗んででも食う。

善悪論をここで言う気はないが。

昔の思春期の男子は、多少の悪には、好奇心が勝るのだ。

そして、女子が嫌がるのを承知の上で、スカートめくりなんてバカをやるんだ。

 

ホントは女子とのコミュニケーション

 

だがね、ホントの意味は違うんだ。

「スカートめくり」もまた、女子とのコミュニケーションをとるための手段だった。

なんだそれ? 嫌がることをやるのがコミュニケーション手段か? 好きな子をいじめたくなる心理か? 違う違う。女子と話すきっかけ作りなんだよ、子供男子がない知恵で考えたことだ。

たとえば上の世代、昭和20年代生まれの人たちは、スカートめくりなんかしない。戦後で男女平等になったとは言え、世の中はまだ「男尊女卑」。だからこそ、女子の嫌がることなんか、絶対にしてはいけなかった。

「男女七歳にして席を同じゅうせず」で、まだまだ隣の席に異性はいなかった時代でもある。同じ学校でも席が離れていたし、男子は男子、女子は女子でそれぞれの世界を構築していた。今もそうだろうが、それが確立して、男子の世界に女子は踏み込めないし、もちろん女子の世界には男子は近づくことも許されない。そういうもんだった。男子は女子を、女子は男子を遠くから眺めるだけの存在。たまに勇気のある奴がラブレター書いたりね。ラブレターまでいかない。日常のことを手紙に書いて、文通したりしていた。コミュニケーション方法が、そもそもそんなものだった。

昭和30年代40年代になると、すぐ隣に異性がいた。普通に話せばいい。実際に普通に話したりしていた。だけど、時々、話せなくなる。相手を異性として意識した時とかね。用件話すのもドキドキものになったりする。

ようは、照れ屋さんなんだよ。昭和30年代40年代の男子はね。

でね、ひとつのコミュニケーション手段として、女子の嫌がることをする。ちょっと嫌なことをして、反応見るのが楽しい。もうバカだ。嫌なことをすれば嫌われるに決まっているのにね。

で、いきつく先が、スカートめくり。

女子が「キャーキャー」言って逃げるのが、コミュニケーションだと勘違いする。

中は、女子が怒って追いかけて来たりするので、逃げるのが楽しい。

それじゃ、犬の遊びだろう。

あげく、捕まって、女子の集団にボコボコにされたり、ズボンおろされたりするのも、なんか楽しかったりするんだ。

でも実際は、逃げたり、追っかけたりするなんてえのは滅多にない。

「いい加減にしなさい」と言われて、おしまい。

女子もスカートの下にブルマ穿いたりして防御の構えもみせている。

そのうち空しくなって、たいていの男子は止めるんだ。

 

罪の意識

 

「スカートめくり」、何もいいことはない。

女子に嫌われ、空しさしか残らない。

空しさと言うより、恥ずかしさが残る。

エッチな行為を表面化させることは、思春期の男子には実はかなり恥ずかしいことなんだよね。

女子が嫌がる行為をしたという罪悪感より、エッチな行為をした恥ずかしさの罪悪感が強い。これが子供だね。

エッチな行為は決して悪くはない!

悪くはないよ。合意の上なら、どんな変態行為だって、悪くはないし、妄想は自由だ。

問題はね、同意なき第三者を傷つけたことにある。そのことを中学生はなかなか理解できない。

だけど、その後、恋愛や、いろんな経験を積むことで、ある日、ふと気付くことがある。スカートめくりで、同級生の女子を辱めて、傷つけていたことをね。

その時後悔しても、遅いんだけれど、そう気が付くことが意味があるんだ。人生なんて失敗と後悔の連続で、それをきちんと糧に出来る人は、間違っても大人になって、ハラスメントなんてやらないんだよ。

ニュースなどで同年代の管理職とかがセクシャルハラスメントで告発されたなんていうニュースを見ると、彼らは失敗や後悔を糧にして来なかったんだな、と思う。案外、エリートが多いから、多分、小中学生の頃、スカートめくりをやっている同級生の男子を冷ややかに見て「レベルが低い」とか言っていた奴らだろう。

スカートめくりなんていいことではないし、許されることでもないんだけれど、そういう失敗、後悔をすることが、人生の糧にもなる。中には、スカートめくりが楽しくて、反省することなく、立派なエロ親父になる奴もいたりするけれど。

いや、でも、ホントに女子には心からお詫び申し上げたい。ごめんなさい。