夏だから、幽霊のお話
「幽霊を信じますか?」
という質問をすると、30%~50%くらいが「信じる」と答えるけれど、
「幽霊を見たことがありますか?」
という質問をすると、「ある」と答えるのは1%いるかいないか。統計によっては0%もある。
見たこともないものを信じられるのか? 外国の都市とか行ったことがなかったって、多分その町はあるんだから。別に見たこともないものだって存在はするんだ。
でも統計で1%以下は少ないね。
かく言う私も「幽霊は見たことがない」
なかなか見ることができないから、幽霊なんだね。
幽霊と妖怪はどう違うのか
妖怪っていうのが流行っている。
流行っているっていうのかね。漫画の「ゲゲゲの鬼太郎」とか、ずいぶんカワイイ妖怪がたくさんいるから。
妖怪グッズなんか、バッグに下げている女の子もいたりする。
で、幽霊と妖怪ってどう違うの?
落語でこういうお話があるよ。
ある醜女が怨みを残して死んだ。地獄の役人に「幽霊になりたい」と言ったら、至極の役人は「醜女は幽霊にはなれない」と言った。がっかりして帰ろうとする女に地獄の役人が言った。「あー、待て。幽霊にはなれないが、化け物を願い出よ」
つまり美女は幽霊で、醜女は化け物?
酷い話だね。
いや、これは酷い話ではないんだ。なんにでもセーフティネットがあるという話。
どうしても怨みを晴らしたいなら、幽霊になるだけでなく、いろんな方法がある。
それは落語の話。
いま、美女と醜女と言ったけれど、男の幽霊だっている。
別に幽霊に男女差も美醜差もない。
と思うよ。多分。
幽霊と妖怪の違いは、目的があるかないか。幽霊は、怨みとか、なんか目的があって出る。妖怪は無目的に出る。のっぺらぼうやろくろ首に目的はない。人を驚かして喜んでいるだけ。中には捕食目的で出る妖怪もいる。これは怖いね。食われちゃたまらん。でも、山から下りて来る熊や猪と同じで、妖怪も人間のことが怖いのかもしれない。だから、山に住んでいる妖怪が、ときどき町にやって来て人を驚かして、山には怖い妖怪がいるから、近付かないほうがいいよ、と警告しているのかもしれない。
そう。山はかつて霊山で。そこは人が踏み入ってはいけない場所だったんだよ。
妖怪の中には、山の神…のお使いもいたりする。それが妖怪。
一方の幽霊はもっとナマナマしい存在なんだ。
幽霊には物語がある
幽霊には目的がある。
殺される、酷い目にあって自殺に追い込まれる、男(女)を取られる、財産を取られる、そうした怨みを抱いて死ぬと、幽霊になる。
くやしい。こん畜生、怨んでやる、呪ってやる、そんな魂の思いを「執念」という。「執念」が、幽霊を生む。
普通は死ぬと、あの世へ行くんだ。地獄だか極楽だか、これも行ったことがないからよく知らないけれど、どっかに行く。幽霊は行かない。魂が今世に残って。目的を果たす。
怨みのある相手をとり殺す、あるいは怖がらせて謝らせて、それで納得して成仏する場合もある。執念が強いと、強い幽霊になる。弱い幽霊だと、強い僧侶や霊能者を連れて来られて成仏させられちゃう場合もある。
怪談が流行っているけれど、いまどきの怪談は幽霊が出て来て「怖い」というのが多いが、本来は主人公が幽霊になるにいたる物語を聞かせるのが怪談だ。
幽霊になるんだ。幽霊になるほど「怨む」。そうとうな「怨み」だ。「怨み」に至る物語が面白い。それを聞かせるのか、本来の「怪談」だった。
怨みだけじゃない。愛が強くても幽霊は出る
「執念」は何も「怨み」だけではない。「愛情」が強過ぎても「幽霊」になる。
「牡丹灯篭」って話を知っているか。
根津に住む浪人で美男の新三郎と、旗本の娘のお露が恋仲になるんだけれど、これは身分違いの恋だ。新三郎はお露の親に咎められるのが怖くて、この恋を諦める。そうこいするうちにお露が死んだと聞かされて、逢いに行かなかったことを悔やむけれど仕方がない。念仏三昧の日を送っている。お露はこの恋を諦められなかった。新三郎に恋して、恋し過ぎて死んで幽霊になって新三郎に逢いに行く。そして、新三郎はお露の幽霊に取り殺される。
女は怖いね。ある意味、ストーカーか。恋しくて恋しくて、しょうがない相手を取り殺す。二人して、地獄だか極楽に行って幸福に暮らしたのか。ファンタジーならそれでもいいし、怖い女の話としても面白い。
やっぱり幽霊は怖いんだ。身分違いの恋を諌める、あるいは、美男はあんまり女性にいい顔を見せないほうがいいよ、女が思いつめると怖いよ、という話なのか。
実は「牡丹灯篭」は原話は江戸時代だが(もっと原話は中国の話だけど)、明治時代になってよく演じられた怪談。明治時代は文明開化の時代で、「幽霊なんていないんだよ」という時代だ。ガス灯ができて町も明るくなったから、幽霊がいても出難くなった。この幽霊騒動も実は悪人が新三郎の金を盗むためにでっちあげた嘘話だったという種明かしをするんだが、まぁ、ミステリーとしてはそれでもいいけれど、物語としては幽霊が出て来るファンタジーのほうが面白いし、怖い女の話というよりも、新三郎に恋して幽霊になっちゃう切ない女の物語のほうが心なごむかもしれない。
執念は人それぞれ
「怨み」だけでなく、「愛」でも幽霊は出るし、なかには金に気が残って死ねない、なんていう情けない幽霊もいたりする。そう。金や物に気が残って死ねない幽霊もいる。高価な骨董品なんかうっかり買うと、もれなく幽霊がついて来たりもする。ついて来ても何するわけではないけれど、その物を大事にしないと祟ったりする。
なかには死んだことに気がつかなくて、そのまま幽霊として暮らしているなんていう間抜けな幽霊もいる。いや、間抜けじゃない。幼い子供を残して死んだ親が、子供成長を見守り続ける、なんていう物語もある。
幽霊も思いも人それぞれ。怖いだけじゃない。いろんな幽霊がいて、幽霊の数だけ物語がある。だから、科学がこれだけ発達して、誰も幽霊を見たことがなくても、怪談は語り続けられているんだ。